2012年2月28日火曜日

3.僕はスーファミが欲しかったわけじゃない。

9月20日。
スーパーファミコンの発売を目前に迎えたその日も僕は普段と変わらず登校した。
廊下でふと、真っ赤な顔をしている友人が目に入る。
いつもはあまり表情をかえない友人が、なにかをこらえるように押し黙っている。
僕はいつもと変わらず声をかけたのだけれど、友人から帰ってきた言葉は思いがけないものだった。

「山ちゃんが死んだ」

一瞬なにを言ってるのかわからかったが、その表情から冗談をいってないことだけはすぐに理解できた。

そのまま、担任のところへ走っていってたずねると「あぁ、可哀想にな」とだけつぶやいた。
後でわかったことだが、山ちゃんは大学受験に車で向かう途中、前方の大型トラックの荷台から落ちてきた木材がフロントガラスを突き破って頭に直撃したのだという。
即死だったらしい。

あまりの突然の出来事に僕は混乱し、いろんな考えが頭のなかをグルグルと巡りめぐった。
「ネクロスの要塞をまだ返してもらってないじゃないか」
「昨日、渡り廊下ですれ違ったばかりだろ、いつもの合図したやん、目があって笑ってたやん」
授業開始のベルがなっても教室には行かず校内を彷徨った。
溢れ出る涙を見られないようにと、水飲み場で顔を洗っていたとき、生徒から怖がられている体育教師が注意しようと話しかけてきた。
が、僕の泣きじゃくった顔を見て、先生は何もいわずに去っていった。
先生なりの優しさだったのだろうが、そのいつもと違う態度で、山ちゃんが死んだという現実を思い知らされた。

休み時間に友人たちとあっても、みんなまだ信じられない様子でみんな何も言わずにただ一緒にいた。

午後からは美術の授業。
この授業はクラス合同で、偶然に好きだった同級生と隣の席になる。それが楽しみで、いつもは必ず出席していたのだけどこの日だけはやはり憂鬱な気分だった。
それでも少し気持ちも落ち着いてきた僕はその授業からは出席することにした。

何気ないように彼女に話しかけようとしたのだけど、言葉が思い付かず気がついたときには、もう涙が流れていた。
その子に泣き顔を見られるのが嫌で、美術室を飛び出した僕は自転車を走らせて10分ほどの自宅まで帰った。

その日はとてもいい天気で隣の人が洗濯物をほしながら「あら、どうしたの?」と声をかけてくる。
僕は無理に笑顔を作りながら、なにげなく「ちょっと忘れ物」と言って家に入った。

清々しいほどの青空と隣のおばさんの能天気さと、今の自分の暗い気持ちのギャップが何故か可笑しかった。

僕は部屋においてあったアルバムから山ちゃんの写真を取り出すと、すぐに学校へともどった。
授業はまだ続いていた。先生はやはりなにも言わなかった。

ちょうど卒業製作の製作を始める時期で、授業内容はそれぞれテーマを決めて一枚の絵にするといった内容だったと思う。僕は書きかけだったキャンパスの下書きを全部消すと、写真から山ちゃんの顔を描き写し始めた。

子供の頃から落書きは好きだったけれど、本気で絵描きを目指していたわけではなかったし、真面目に美術の勉強をしたこともないので、つたない画力ではあったが必死に描き続けた。
あんなに必死になって絵を描いたのは初めてだった。

翌日、僕は電車で遠方のゲームショップへ出掛け、何ヵ月も前に予約をしたスーファミを手にいれた。その帰り道、同じ席に乗り合わせたおじさんたちが話をしているのが聞こえた。

どうやら山ちゃんのことを話しているらしい。話の内容からアルバイトをしていた寿司屋のお客さんのようだった。
真面目に働く少年だったとか、大学目指していたのに可哀想にな、とかそんな内容だった。

その日は遊び部屋には友人達が来なくて、一人でスーファミを遊んだ。
でもスーパーマリオワールドを遊んでも、エフゼロを遊んでも、喜びも楽しみも感じなかった。

そうなんだ、僕はスーパーファミコンが欲しかったわけじゃない、みんなでゲームを遊びたかったんだ。
その時、自分のやりたい事がはっきりとわかった。

「ゲームをつくりたい」

わかったというよりも、そうしなければいけないと思ったという方が正しいだろうか。
気の会う友人が集まって時には本気に、時には笑い転げながら遊ぶ、そんなゲームが作りたい。

それから本気でゲーム会社に就職する方法を考え続けた。
やりたいことがあったはずなのに突然の事故でそのすべてを失った山ちゃんと、目標も持たずに生きてきた僕。

思い返してもても、山ちゃんが将来やりたかった事の話を聞いた記憶がない。僕は将来の話をする相手にふさわしくなかったのかもしれない。

数日後に葬儀が行われた。
友人たちも少し落ち着いた様子で、山ちゃんが気に入りそうな冗談を言い合った。
「たぶん、アルデバランみたいに他のキャラに混じって復活すんだよ」
「そうだ、王大人なら治せるんじゃね?」
「俺、ドラゴンレーダー作るわ」

その日はなにか現実味がない感じですぎていった。
最後にみた彼の顔はキレイだった。

彼のお墓は町全体を見下ろせる小高い丘に作られた。
僕は卒業製作を描き上げると、空いたスペースに彼へのメッセージを書き込んだ。

そして僕はデザインの専門学校へと進学した。

4.その名は仁義ストーム